非現実のような現実−ぼくがオペを受けた顛末 #1

きみたちはまな板の上の魚になったことある?
ぼくはあるよ。少なくとも、そういう気分になったことはある。
手術台の上に寝かされるっていうのはほんとうに、それくらい変な気分。
なにより手術室って広すぎるし、わけのわからない銀色の機械だらけだし、
寒々しい白衣を着たわけのわからない人が何人もいるし、
もうぼくなんてガタガタ震えるだけでせいいっぱい。
緊張するからって手術中はモーツァルトを流してもらってたけど、
音楽どころじゃなかった。
でもひとつ言っていいことがあるな。
あのレンコン型大シャンデリア
ギラギラな光を放射するオペ用ライトのこと。
体の隅々まで照らし出されるようで嫌だった。
ぼくは以前、「いつかスポットライトを浴びたいな」って思ったことが
あるんだけど、こういうことじゃないよ。
ライトは、金色と魚の腹みたいな艶のあるエメラルド色に輝いていて
とてもきれいだった。
あの手術室でぼくが見た美というのはそれだけ。
あとはもう、不気味なことばかり。
なんと言っても、手術中に意識があるというのはほんとうに不気味。
局所麻酔って痛いしね。
それに注射したあとも感触はあるから、
「あ、いま血を拭いているな」とかがわかる。
「あ、いま縫っている」とか。
自分の体からなにかが切り取られるっていうのは恐ろしい感覚。
だからぼくは、手術の間じゅう、
感覚と精神を切り離そうとつとめていた。
これはぼくじゃない、ぼくはここにいない、この感覚は
ぼくじゃない、ぼくのものじゃない・・・
と唱えつづけていたんだ。
終わったときうれしかったかと聞かれたら、
うんと答えるだろう。でも、それほどの大きな安堵でもなかった。
病室には車椅子でもどった。
ぼくは自分が車椅子に乗ってるなんて信じられなかった。
なんだかいつもよりもっと小さくなったような気がして心細かったな。
しばらく緊張で体がこわばったままだったけど、
ある瞬間に「あ、生きてる」と思ったことはおぼえている。
痛みに集中しないようにするだけで疲れてしまい、
鎮静剤をもらって眠るときは何も考えなかった。
それで向かいのベッドの人のトドみたいないびきも気にせず眠ることができた。